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宇宙からの支配

Xenocracy

 

行政長官レオナール・イヴェスクの補佐官、若いガレンテ人女性のコラサは小走りでイヴェスクを追いかけ、トラムから下りた行政長官に追いついた。イヴェスクは声にだして溜息をついた。2人は労働者やホワイトカラーが行き交う朝の通勤の流れに混ざり、市街区画へ通じる昇降路へ黙ったまま歩いていく。他の通勤者から十分に離れた場所までやって来た時、コラサは思いきって口を開いた。

「おはようございます」
まずは挨拶。
「今朝の調子はいかがですか」
彼女はイヴェスクも認める丁重かつ従順な態度を示した。イヴェスク自身もそういった態度を取り続けることで、ほとんど50年かけて今の地位まで上りつめたのだ。10億人以上の住民を誇るチェシエット星系第1温暖惑星、チェシエット主都星の最高責任者という地位に。ガレンテ連邦とアマー帝国の国境線に近い惑星の行政長官という職業は、極めて重要な地位だった。少なくとも書類の上では。実際には連邦政治の効率主義と平和指向的な外交政策が組み合わさり、彼の職務のほとんどを不必要なものとしていたので、多くの人間はイヴェスクを最前線の外交担当というより名誉職的な中間管理職だと見なしていた。

しかし、イヴェスクは補佐官の柔和で従順な…というより卑屈な…態度を見て苛立ちを覚えた。今日の彼はたっぷり1ヶ月かけて恐れ続けてきた、これまで経験したことのない交渉に出席しなければならないのだ。この交渉は、イヴェスクが外交的訓練を積み重ねてきたからには避けて通れない試練のようなものだったが、彼は非常に緊張していた。
「何だね、コラサ?」

「長官がお求めになられました、南部大陸部における炭素化合物の分散パターンに関する報告書です」
コラサは歩きながら小さな書類ケースを探って、危うく反対方向から歩いてくる通行人とぶつかるところだった。

イヴェスクは一瞬たりともコラサへ視線を向けないまま答えた。
「ご苦労」

コラサは不服そうな顔で書類ケースを抱え、イヴェスクへ追いつくために慌てて歩くペースを上げた。
「イヴェスク長官、何が長官のご気分を損ねているのか伺ってもよろしいですか?」
彼女が答えが返ってくる前に付け足した。
「カプセラと関係があることなのでしょうか?」

イヴェスクは突然立ち止まると、コラサの腕を掴んで若い補佐官を驚かせた。彼は怒ったように周囲の人間を見回し、彼女の言葉に注意を惹かれた人々を睨みつけながら、
「こういった話は内密に出来るなら」
イヴェスクは軽率なことを言うなと身振りで示した。
「それに越したことはないと思うのだが」
コラサの青ざめた顔を見て、自分の言いたいことが通じたと見るやいなや、彼は彼女の腕を離してさっさと歩きだした。

コラサもすぐに首を縦に振り、努めてイヴェスクのほうを見ないようにした。それから会合の場に着くまで、彼女は行政長官から1歩下がった場所に控え、完全な沈黙を守った。

***

展望室の大きな椅子に腰掛けたイヴェスクは、スーツの襟が乱れていないか確かめ、ホログラフィック投影機のそばに座っているコラサへ頷いた。合図を受けた彼女は水平センサーを起動し、投影機上の空間を揺らめかせてデジタル情報を表示させた。実体なき画面の表面を指でなぞり、交渉用の通信チャンネルを選択すると、彼女は部屋の奥の真っ暗な壁へと視線を投げる。壁の隅では通信要請の許可待ちを示す光点がついたり消えたりしていた。

ついに表示された通信映像を目にして、行政長官は意表を突かれた。高い頬骨と綺麗に剃られた坊主頭はカプセラがアマー系であることの何よりの証拠だったが、男の顔はほとんど目に見えなかったのだ。頭部の大部分がサイバネティック・インプラントで隠され、曲がりくねった金属製の外部装置はあらゆる角度から頭蓋を覆い、目と鼻と口は完全に機械の下に埋もれていた。どのインプラントからも電源コードや回線ケーブルがカメラの視界の外へ向かって伸び、カプセラは惑星の遙か上空の宇宙船でくつろいでいるというよりも、蜘蛛の巣に囚われて動けなくなっているようにすら思えた。

これは単なる幻影、カプセラが自分自身を描写するために選んだグラフィックモデルに過ぎなかったが、イヴェスクを十分に狼狽させた。彼は呆然と映像を見つめている自分に気付き、失態を咳払いでごまかしてから自己紹介に入った。
「はじめまして、私が行政長官の…」

「レオナール・イヴェスク」
雷のような声がイヴェスクの言葉を遮り、この世のものとは思えない声音が部屋中に響いた。カメラが画面上の男の頭と肩だけ映るようズームすると、男の体が話すたびにかすかに痙攣しているのが見てとれた。
「あなたのことはよく知っている」

イヴェスクはわずかに息を呑み、頭をかいてコラサのほうを示した。
「こちらは補佐官のコラ…」

「あなたの補佐官に興味はない」
カプセラの所作から何かを読みとるのは不可能だった。気まずい沈黙が何秒か流れたあと、男の首の筋肉が震え…本当におぞましい幻影だ…カプセラは言葉を続けた。
「私の名はオムヴィスタス」

行政長官は丁寧に頷きを返した。補佐官は画面を見つめたまま、呆気にとられて下唇を噛んでいた。カプセラの告げた名前が姓なのか名なのかも分からなかったが、ぎこちない雰囲気から彼に自己紹介を続ける気がないのは明らかだったので、イヴェスクは本題へ移ることにした。
「ご覧のとおり、我々は閣下の生産計画の実現にとりかかるため全面的な用意を進めています。工業区画に関しては若干の修正が必要かとは思いますが、それでも1年以内には可能になるものと確信して…」

「遅すぎる」
画面に映る無表情な顔がほんの少しだけ歪み、スピーカーからカプセラの声が轟々と溢れた。
「私はすぐにも工業区画の区画整備にとりかかるつもりだ。新しい設備が到着するまでの1時間以内に全労働者を退避させよ」

イヴェスクは真っ青な顔でゆっくりとコラサのほうを振り返り、近くの端末に飛びついて必死にメッセージを送信し始めた補佐官を見た。
「ただちに準備を開始します、閣下。もし可能でしたら…」

「1時間だ」

「お言葉ながら、閣下」
イヴェスクは怒りを感じつつあった。
「全て予定外の出来事です。もし事前計画書に含めておいてくだされば、我々は十分に準備を整えておきましたものを」

オムヴィスタスの体が震え、彼につながれたケーブルがのたくった。
「そういう動揺した態度は喜ばしくない。後任者を探したほうがいいということか?」

イヴェスクは周囲をさっと見回してどもりながら、
「け、決してそのようなことは、閣下」
彼は次の言葉を探しながら唇をなめ、話題を変えようとした。
「閣下は当惑星の宇宙港について野心的な計画をお持ちのようですが。詳細を伺っても?」

オムヴィスタスは数秒間ぴったりと動きを止めたあと、ひっそりと肩を上げてチャンネル越しに返事を寄こした。
「既存の宇宙港では私の生産計画に追いつかないのだ」

「と言いますと?」

「軌道上へ打ち上げなければならない原材料の量は、現在の宇宙港の処理能力と桁1つ違うからだ。加えて、私は我が社が必要とする72箇所の新宇宙港の建設を監督する。各港はあなたの惑星の要所に設置されるだろう」

イヴェスクは首の後ろで汗がしたたるのを感じ、それを拭うために体をほぐすふりをした。彼はコラサが端末に埋もれたまま、必死になって工業区画へ避難通知を送りまくっているのを見て少し安心した。
「閣下」
彼は思いきって呼びかける。
「閣下のチェシエット主都星開発に対するご協力には感謝しますが、そのような計画は我々の能力の及ばないものだと言わざるをえません。72箇所もの宇宙港を新設するとなると、惑星の年間総収入を超えてしまいます」

オムヴィスタスはぴくりと動いた。
「たった今、新宇宙港建設に必要な全資材を購入し、6時間以内にそちらへ到着するよう手配した。受け入れ準備を整えてもらいたい」

心臓がたった1度の鼓動を打つ間に莫大な金額が目の前を通りすぎ、イヴェスクは言葉を失った。その巨額の費用に気を失いそうになりながらも、彼はなんとか自分を取り戻そうとした。
「は…ありがとうございます…閣下。各施設が正常に稼働するよう全力で…」

「あなたがそれらの施設の責任を負う必要はない。全行程は自動化されている」
カプセラは頭を片方へ傾け、虚ろの肉体が言葉をつけくわえた。
「ただ黙って見ていてくれさえすれば、それでいい」

コラサは即時区画整備地域で暮らしている市民へ避難通知を送る時間をもらうよう、イヴェスクに目で訴えかけていた。彼女が指さした画面では、回転する惑星の上で無数の赤い警告が瞬いている。行政長官は彼女を片手で制して待つように告げた。
「オムヴィスタスさん、こればかりは抗議せずにはいられませんぞ。あなたが宇宙港を建てようとしている場所はほとんどが人口密集地ではないですか。全市民の避難が数時間で終わるはずがない。時間的猶予を要求します!」

オムヴィスタスは微動だにしなかった。
「要求と言ったかな?」

壁越しに聞こえてくる騒ぎを耳から追い払うため、イヴェスクはしかめ面で画面へ近寄り、かくも重要な問題で譲歩することを拒否した。
「我々は何百万という人命の話をしているのです。この状況の重大さを理解しているとは思えませんな…」
彼は唸るように最後の言葉をつけ足した。
「…閣下は」
自分の声さえ聞き取りづらくなるほどの低い音が聞こえてきて、イヴェスクはコラサを苛立たしげに一瞥した。
「市民を安全な場所まで避難させるのに少なくとも1週間はかかると考えていただきたい」

「あなたが聞いているその音だが」
オムヴィスタスが答えた。
「あなたの惑星の軌道爆撃警報だ。CONCORDの管轄下にある以上は安全だと信じて気にしたことも無かっただろう。だが、それも今日までの話」
カプセラが話している間にも、展望室の窓が赤く染まり、真紅の光が部屋に差し込んだ。
「今あなたが見ているのは私の艦の425mmレールガン6門が狙いをつけるために使う照準用レーザーだ。この高度から撃てば、砲弾は惑星の重力のおかげで通常を遥かに超えた速度まで加速する。着弾地点から半径500m以内の一切を消滅させるほどに」
オムヴィスタスが次の言葉を継ぐ前に、彼の姿が画面の中でより大きくなった。

「そこから半径2km以内は更に悲惨な運命を辿る。各弾頭に封じこめられた反物質粒子が飛び散り、地上のありとあらゆるものに衝突するのだ。街並み、木々、子供たち、何もかも。これら粒子が触れたものは原子レベルでの物質崩壊を経験し、全てが識別不能な残留粒子にまで還元される」
オムヴィスタスは少し黙ってから結論づけた。

「その都市全てがくすぶるクレーターに変わるかどうかは私の考え1つにかかっている。私の決断次第では、あなたの知る人、愛する人の肉体が塵となり、虚無を吹きわたる燃え立つ風と混ざりあう。理解してもらえただろうか?」

イヴェスクは視線を下ろし、自分の片手が震えているのを目にした。やっと唾をのみこんだ彼の言葉はかすれた囁き声になっていた。
「かしこ…まりました…」

「申し訳ない、イヴェスク長官、よく聞こえなかったのだが。ご理解いただけただろうか?」

「了解いたしました」

赤い光が色あせて消え、その日の午後いっぱいを使って交渉が続けられた。カプセラは要求を伝え続け、行政長官は要求を受け入れ続けた。

 

原文 http://community.eveonline.com/backstory/chronicles/xenocracy/


訳者より

プレイヤーが惑星開発を行うとき、惑星上では何が起きているのかを描いたクロニクルです。一介のカプセラが本当に無差別爆撃なんてやろうものならDEDが生まれてきたことを後悔するような目に遭わせてくれるでしょうが、一方でアマー帝国には実行した前科があるため、あながち全くのはったりとは言えないのが恐ろしいところ。

なお、現在のチェシエット1は温暖惑星ではなく荒地惑星になっています。

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